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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

運好(後編)

「!?!?!」
トイレには、大量のオムツと生理用品。
もちろん、それらは使用済の状態で、床はもちろん便器をも埋没させ、壁半分くらいの高さまで山積。
私は、そのオムツが、ゴミで埋まって使えなくなった便器の代用品だったことを想像。
また、生理用品からは、〝家主=初老女性〟がイメージできず、野次馬の仮説は、次第に現実味を帯びてくるのだった。

更に浴室。
ゴミだらけの浴室を覗き込むと、浴槽には何やら黒い物体。
それは、懐中電灯を向けるのが怖いくらいに私を威圧。
〝せめて、ビニール袋に入れるか何かできなかったのか?〟とも思ったけど、そんな後始末ができる人なら、部屋をこんなことにしないはず。
私は、自分の考えがナンセンスであることに気がついて一人で納得。
浴槽三分の一ほどに達した量を、ただ呆然と眺めるしかなかった。

全体の見分を終えて、私は外で待つ〝姉妹〟のもとへ。
愛想笑いを浮かべる〝姉〟に対して、〝妹〟の表情は硬く、二人の間に分かち合いようのない温度差があるのを感じた。

「中、御覧になってますよね?」
「はい・・・玄関から覗いただけですけど・・・」
「入られてはいないんですか?」
「はい・・・さすがに・・・」
「じゃ、奥の部屋とかがどうなっているかご存知ないわけですか?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「トイレと浴室も?」
「はぃ・・・」
私の話に受け答るのは、もっぱら〝姉〟の方。
妹は、二人の会話を黙って聞いているだけ。
私は、トイレ・浴室についての話に触れると同時に、黙ったままの〝妹〟に視線を送った。

「お風呂とトイレくらいは普通ですか?」
「失礼な言い方になったら申し訳ないのですが、〝普通〟ではありません・・・」
「どんな具合に普通じゃないんですか?」
「・・・まぁ・・・やっぱり、ゴミが溜まってまして・・・」
「使えない状態まで?」
「いや・・・それは・・・どうか・・・」
先入観が働いたからそう見えたのか、もともと悪かった〝妹〟の顔色が更に悪くなったような気がした。
そして、話を進めるに従って、表情が引きつってきているようにも見えた。

〝姉〟は、この部屋を最初に見たとき、かなり驚いただろう。
しかし、溜めるか溜めないかの違いだけで、自分だってゴミを出すことに変わりはない。
謙遜かつ譲歩をもって、〝妹〟がつくった現実を飲み込んだ。
しかし、〝姉〟には、トイレと風呂を使わない生活はあり得ない。
しかも、そこに恥ずかしい汚物が大量に溜めてることを知ったら、〝姉〟としてより〝友人〟としてより、それ以前に、女として嫌悪感が芽を出し、〝妹〟を見損ない・軽蔑する気持ちが爆発するかもしれず・・・
一方の〝妹〟だって、恥を忍んで〝姉〟に打ち明けたものの、最もヤバい部分を露わにされるのは耐えられないかもしれず・・・
私は、双方の心情と将来を推察して、トイレ・浴室の話は、それ以上は深堀りしないことにした。

「手前の台所だけじゃなく奥の部屋にもだいぶ溜まってまして・・・」
「えぇ・・・」
「ところで、この状態を大家さんは知ってます?」
「知らない・・・はずです」
「お隣さんとか、近所の人は?」
「気づいている人はいるかもしれませんけど、直接何か言われたことはないみたいです」
「そうですか・・・よくバレませんでしたねぇ」
「ですね・・・」
〝姉〟は、何か答えるたびに〝妹〟の顔をチラ見。
私には、その仕草が、返答に間違いがないかどうかを真の住人に確認している姿に見え、仮説が確信へと変わっていった。

「先に、大家さんに見せた方がいいですか?」
「これを?」
「正直にみせて誠意を示した方がいいかと思いまして・・・」
「いや~・・・ある程度片づけてからの方がいいと思いますよ」
「はぁ・・・」
「普通の人なら、コレを見たら激怒するはずですし、せっかくの誠意もこのゴミには歯が立たないと思いますよ」
「・・・」
「大家さんを怒らせると、いらぬ問題を招くことにもなりますから」
「なるほど・・・そうかもしれませんね・・・」
とにもかくにも、早急にゴミを片づけてできる限りの清掃を入れることを提案。
二人は短く協議し、最終的には〝妹〟の決済によって、施工が決定した。

作業の日。
依頼者の〝姉妹〟は二人とも姿を現さず。
また、来たい訳もなかっただろう。
作業を一任されていた私は預かっていた鍵で開錠し、予定通り作業を開始した。

トイレ・浴室を、特掃パワーが温存されている最初のうちに片付けてしまうのも一つの手だったが、それは、早々から気持ちが挫いてしまうリスクも高い。
そうなると、後々の作業に差し障るので、結局、それは最後に残しておく安全策を選択。
まず先に、部屋の片付けに着手し、焦らず・怠けず・諦めず、コツコツ少しずつ片付けていった。

何日か後、作業の最終日。
最後に、懸案のトイレ・浴室が残った。

「やるか・・・」
トイレの方は、余計なことを考えないようにして、ひたすらモノを梱包。
汚れ物ではあっても、実際の手が目に見えて汚れる訳ではない。
だから、ただひたすら思考を停止して手だけを動かした。
ただ、溜息だけは、どうにも抑えようがなく、吐く息がそのまま溜息となって延々と出続けた。

「いよいよ・・・か・・・」
トイレをやっつけた私は、いよいよ魔の浴室に突入。
暗黒の浴槽を見下ろした。
そして、自分の気持ちが片付けられないうちに、目の前のモノを片付けなければならない葛藤に怖じ気づきそうになりながらも、とにかく手を動かし始めた。

〝鮮度〟の関係か、上の方は粘土状。
それが、下にいくにしたがって固くなり、底の部分は石のようにカチカチ。
遅々として進まない作業と私を容赦なく汚してくる汚物に、やり場のない苛立ちが沸々。
しかし、それに支配される訳にはいかず、私は、自らの定めをブツブツと自分に言い聞かせて作業を続けた。

ここの作業だけに限ったことではなく、汚物を片付ける作業は楽なものではない。
汚物の中には、手が受け付けても脳が受け付けないもの、脳が受け付けても手が受け付けないものがある。
目が受け付けても鼻が受け付けないもの、鼻が受け付けても目が受け付けないものもある。
気落ちすることがあれば、泣きが入ることもある。
腹立つことがあれば苛立つこともある。

しかし、私は、
「今は、これをやるしかない!」
「これが、俺の定め!」
「自分のために決められたこと!」
そう思って進むことにしている。
ツラいけど・・・

確かに、その真っ只中にいる時はツラい!
しかし、そればかりではない。
いいこともある。
経済的な報酬も得られるし、精神的に鍛錬もされる。
更には、人様にも感謝してもらえる。
何よりも、生きている実感を強く感じることができる。
それが、後の日に、生きている喜びと感謝に変わり・・・人生の幸せにつながる。

それは、運なんかではない。
必然の宿命の中に定められたもの。
試練や苦難の渋皮に隠れた、宿命の甘実なのだ。

最終日、現場に来たのは〝妹〟一人。
てっきり〝姉妹二人〟で来るものとばかり思っていた私は、少し意表を突かれた。
同時に、目を合わさずに挨拶してきた女性との間に、気マズくも真摯な空気が流れるのを感じた。

私は、作業の成果を確認してもらうため、女性を促しながら一緒に入室。
部屋からゴミはなくなったものの、土足レベルは変わらず。
独特の異臭も残留。
中の建具・建材を清掃によって回復させることは不可能で、普通に住める状態にするには内装工事が必要であることを伝えた。
女性は、固い表情を変えなかったけど、それでも小さな声で私を労ってくれた。

「すいませんでした・・・ありがとうございます」
その言葉にまた一つ、宿命という好運を人生に得た私だった。

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