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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

根雪(後編)

死は、生を超えた力を秘めている。
そして、人の死が、人の人生を変えることは、往々にしてある。
そして、〝変える〟だけにとどまらず、死んだ本人の意思を無視して〝狂わせる〟ところまでいくこともある。

この故人が自死を選んだ理由は、知る由もないこと。
また、その場所を玄関にした理由も推測しきれるものではない。
ただ、それだけの行動をするからには、それ相応の事情と理由があったのだろう。
しかし、それが、どんな理由からきたものであったとしても、その結果は人へ害を加えた。
故人の遺志に関係なく、それが現実だった。

下の階の住人は、自室にいることができなくなった。
悪臭だけでも耐え難いのに、腐敗液は玄関前だけでなく玄関中にまで漏洩。
責任の所在や補償の有無もわからないまま、部屋から退去。
結果的に、故人は、下の住人を追い出したようなかたちになってしまった。

担当者も、精神的に傷を負わされた。
ただでさえ、〝死〟や〝死体〟は忌み嫌われるもの。
しかも、本件は、自殺腐乱。
そのニュースを耳で聞くだけならまだしも、目と鼻で体感してしまっては簡単に消し去ることはできない。
結果的に、故人は、担当者を痛めつけたようなかたちになってしまった。

大家もまた、大打撃を受けた。
部屋を片づけて原状を回復するには、大きな手間と費用がかかる。
しかし、もうそこは〝普通の部屋〟ではない。
また、そのマイナスイメージは故人の部屋だけにとどまらす、アパート全体に波及する可能性もある。
そうなると、アパートの運用効率と資産価値は落ちていくのみ。
結果的に、故人は大家の資産を盗んだようなかたちになってしまった。

故人が抱えていた事情も知らず、故人と関わりもなく、故人の人生に責任もなく、故人の遺志も察しきれない私は、故人を擁護する立場にも非難できる立場にもなかったかもしれない。
しかし、その死が残した問題に、また一つ冷たい何かが自分の中に降り積もるのを感じた。

「見てきましたけど・・・」
駐車場に戻った私は、ソフトな言葉を探すために口を止めた。
それを不安そうに見つめる担当者。
まるで、汚したのは自分であるかのように怯えた顔をしていた。

「やっぱ、結構キテますねぇ・・・」
しばらくの間、現場に立ち会わされただけのことはある。
担当者は、納得の表情。
私が説明するまでもなく、担当者は、その状態をよく把握していた。

「とりあえず、玄関前くらいは何とかした方がいいでしょうね・・・」
悪いことに、故人の部屋は階段寄りに位置。
したがって、他の住人が外と往来するには、腐敗液をまたいで行かざるを得ず・・・
それを強いたままにして腐敗液放置するのは、さすがにマズいことと思われた。

「所要時間は・・・〝一時間半から二時間〟ってとこですかね」
私は、作業の段取りを思い浮かべながら、必要な時間を想定。
そして、必要とあれば、直ちに特掃に取りかかれることを伝えた。

「跡は残るでしょうが、きれいにできるはずですよ」
作業内容と費用を伝えると、担当者は会社に連絡。
電話の向こうの姿なき上司にペコペコと頭を下げながら、状況を説明。
その決裁によって、私は、そのまま特掃作業をすることになった。

「終わったら声をかけますので、車で待ってて下さい」
私は、担当者を駐車場に置き、いそいそと作業の準備。
そして、故人の死についての思考を一旦凍結し、再び階段を駆け上がった。

侘もなく寂もなく、これこそ、まさに〝殺風景〟。
私は、一通り見回してから気合いを入れ直し、特掃を開始。
いつものように、ドロドロの中に身を屈めて、黙々と手を動かした。

腐敗液を滴らせる玄関のの靴・・・
腐敗粘土に浸かった郵便物・・・
除去されることに抵抗する腐敗脂・・・
マスクの隙間から腹を抉る悪臭・・・
天敵参上に逃げ惑うウジ・・・
格闘する私を冷ややかに見下ろすフック・・・

予定した作業を完了させても、汚染跡はシミのように残留。
しかし、きれいになりきらなかった玄関の得点不足を自分の汚れで補って、私は自分の一次作業に合格点をだした。

作業を終えて駐車場に戻ると、担当者は、再び車中で仮眠中。
担当者の疲労困憊ぶりを聞いて気の毒に思っていた私は、一時静止。
その気配を感じたのか、担当者はすぐに目を開け車を降りてきた。
私は、担当者に作業の終了を報告し、同時に、現場を確認してもらう必要があることと、ただ実際の確認は任意で構わない旨を伝えた。
それを聞いた担当者は、明らかな迷い顔。
少し沈黙した後、同行を決意。
しかし、進まない気持ちが行動にでてしまうようで、階段を上がる前から私の後ろに回る担当者だった。

〝元通り〟にはなってないにせよ、その清掃度は、担当者が想像していたレベルを超えていたよう。
暗かった顔に笑みがさした。
そして、お世辞込みだったのかもしれないけど、私の仕事ぶりを高く評価してくれた。

「(精神的に)結構、きませんか?」
担当者には、平然としている私が不思議に映ったよう。
それに対して、心にのしかかる重いものが一向に軽くならない自分。
そのギャップを埋める材料を探すかのように、私に色々な質問をぶつけてきた。

「(この仕事)もう長くされてるんですか?」
かれこれ、十数年。
色んな業務に色んな出来事があった中で、ふと振り返ってみると、いつの間にかそれだけの月日が経過。
作業を思い出すとウンザリするほど長く感じ、年齢を考えると寂しいくらいに短く感じている。

「ダウンしたことはないんですか?」
どこの現場に行っても、〝まったく平気〟ということはない。
心が折れることは日常茶飯事。
過酷な作業に骨を折ることもまた日常茶飯事。
ただ、体調が優れなくても精神が低滞してても仕事は止められない。
いちいち気に病んで休んでられるほどの余裕は、私にはないから。
ほどほどの責任感とわずかな使命感はあるけど、結局のところ、私を突き動かしているのは、生きてくための人生感だ。

「(耐える)コツみたいなものはあるんですか?」
ない。そんなのがあったら、私が欲しい。
ただ、常に、追い詰められた状態に身を置いているだけ。
〝耐えている〟のではなくて、逃げ場がないだけ。
私は、能動的になれるほど自分に厳しくないし意志が強くもない。

「この仕事に、早くも限界を感じちゃいましたよ・・・」
担当者が抱く気持ちが分からないではない。
私だって、同じような気持ちになることが多々あるから。
しかし、仕事(生きてくこと)なんてそんなに甘いもんじゃない。
現に、楽しいことより辛いことの方が圧倒的に多いし。
私だって、遊んで暮らせるのならそうさたいさ。

担当者は、自分が投げる質問が私の心象を害する可能性があることなんかまったく考えにないように、私の返答に驚愕したり頷いたり。
そこら辺に、担当者自身が本件から受けたダメージの大きさと、担当者自身の社会経験の乏しさが垣間見えた。

悩み・苦しみ・痛み・恨み・辛さ・悲しさ・寂しさ・怒り・憤り・妬み・嫉み・嫌悪・軽蔑・失望・疲労・・・
そんな冷たいものを心に積もらせてしまうのが人の常・悲しい性。
そして、積もったそれらは、まるで根雪のように心に居座る。

故人も、そんな根雪に押し潰されたのだろうか・・・
そして、担当者も・大家も・下の住人も、故人に対して冷たい感情を降り積もらせただろう。
しかし、それによって最も冷やされるのは他人ではなく自分。
冷たい自分が、自分を凍えさせる。
心の根雪は、自分の人生に冷気を放つのだ。

事情はどうあれ、この三者には、故人のことを赦してほしいと思った。
それは、三者が舐めた辛酸を帳消しにするためでも、故人の死に方を肯定するためでも、故人の冥福を祈るためでもなく、それぞれの人生に、温かさ・爽快さ・心地よさをもたらすために。
そしてまた、私が、自分に降り積もった根雪を溶かすために。

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