Home特殊清掃「戦う男たち」2009年分逆転(後編) ~続・根雪~

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

逆転(後編) ~続・根雪~

車を出そうとした私の後ろには、女性宅に向かって歩く担当者。
私は、ブレーキペダルを踏んでギアをPに戻し、その動きを目で追った。

女性宅の窓の前に立った担当者は、視線を部屋の中へ。
そして、一歩前進して硬直。
首だけをわずかに動かしながら、中を見回した。

私と同様、担当者は部屋を見て驚いたよう。
何度も首を傾げて、難しい顔。
それから、私が、まだ駐車場にいることに気づくと、何かを言いたげに駆け寄ってきた。

「あそこ(女性宅)の窓、開きっ放しなんですよぉ・・・」
「あぁ・・・そう言えば、開いてますね・・・」
「閉め忘れたのかなぁ・・・」
「換気のためじゃないですか?」
「そぉか・・・しかし、不用心ですよねぇ」
「そぉですよねぇ・・・」
私が躊躇ったのと同じように、担当者も部屋の中のことを私に伝えるかどうか迷っている様子。
しかし、結局、〝自分一人では判断しきれない〟と思ったようで、少し間を置いてから私に打ち明けてきた。

「窓から中が見えたんですけど・・・」
「はぃ・・・」
「ちょっと、フツーじゃない感じなんです・・・」
「はぁ・・・」
「荷物が多いというか、汚いというか・・・」
「そうですか・・・」
「見てきてもらっていいですか?」
「構いませんけど・・・」
既に中の状態を知っていた私は、部屋を見る必要はなかったけど、見て見ぬフリをしていたことがバレては気マズい。
私は、平静を装い、窓に向かって歩いた。
そして、驚いた素振りをみせながら、部屋を見回した。

「どおです?」
「言われた通り、フツーじゃないですね・・・」
「ですよね!」
「山積みですね・・・」
「やっぱ、どお見てもゴミですよね」
「ですね・・・」
「〝ゴミ屋敷〟ってヤツですかね」
「まぁ、それに近いものがありますね・・・」
女性が部屋にゴミを溜めていても、近所から苦情がきている訳ではない。
また、部屋を勝手に覗いたことも少々後ろめたく感じ・・・
ただ、そうは言っても、そのまま黙って放置することも心配に思われた。

女性は、ゴミを溜るつもりで溜めた訳ではなく、〝マズい・マズい〟と思いながらも、ズルズルと溜めてしまったのだろう。
そのうち、いつかは片付けるつもりでいた矢先、降って涌いたように腐乱死体騒動が勃発。
急な転居を余儀なくされた女性は、とにもかくにも何とかせざるを得なくなり、慌てて片付け始めたのであろうと思われた。

「それにしても、あのゴミ、どうするつもりなんでしょう・・・」
「ゴミ袋は最近詰めたものみたいですから、片付けている最中ってことだと思いますよ」
「そっか・・・」
「(契約は)いつまでですか?」
「確か・・・今月末になってるんで、あと○日ですね」
「あまり、時間がないですね」
「・・・ですね」
「大丈夫なのかなぁ・・・」
女性が、ゴミの片付けを進めていることは、間違いなさそう。
ただ、女性一人でやるには無理がある。
退去期日までの残り少ない日数が、関係ない私にまで緊張感をもたらした。

「転居先は?」
「この近くの、アパートです」
「でしたら、引っ越しは楽ですね」
「あの人(女性)の希望を聞いて、うちが用意したんです」
「へぇ~・・・」
「礼金も仲介料もタダですよ」
「ほぉ~」
「しかも、新築同然の建物なのに、家賃はここと同額ですよ!」
「それは好条件ですねぇ」
「でしょ!?なのに、あの態度ですよ!」
善意の厚遇に反した女性の振る舞いを思い出して、担当者の不満は再燃。
その鼻息は、次第に荒くなっていった。

「どちらにしろ、〝このまま〟っていう訳にはいきませんよね!」
「まぁ・・・」
「〝臭い!〟だの〝汚い!〟だの〝責任とれ!〟だの、散々文句を言っといて、自分ちがコレですよ!?」
「・・・」
「どおかしてますよ!」
「・・・」
女性から、文句を言われても、悪態をつかれても、担当者は我慢して事の処理に奔走。
〝恨み辛み〟とまではいかないにしても、女性に対して憤慨するのも自然なことのように思われた。

「でも、今のところ、周囲に害は及んでないようですね」
「まぁ・・・」
「表だってどうこう言うのは、この後の様子を見てからにした方がいいと思いますよ」
「んー・・・」
「とりあえず、連絡をとってみたらどうですか?」
「ですね!」
「換気で開けてるのかもしれないし、勝手に閉めて後で文句を言われても困りますからね」
「ま、そうなったら、こちらも言い返してやりますけどね!」
担当者は、携帯を出してその場で女性に電話。
窓が開けっ放しになっていることを伝えて、女性の出方を伺った。

「どおでした?」
「すぐ来るそうです」
「わざと開けてたっぽいですか?」
「いやぁ、〝すぐ来る〟ってことは、そうじゃないでしょ」
「やっぱり、閉め忘れですか・・・」
「みたいですね」
「だとしたら、焦ってるかもしれませんね」
「どんな顔で来るやら、見物ですよ」
担当者は、和平モードに徹していた対女性策を、戦闘モードにチェンジ。
〝言いたいことは山ほどあるぞ!〟と言わんばかりの表情。
頭の中の弾倉に言玉を装填しているのが、虎視眈々とギラつかせる目に表われていた。

女性は、前回とは比べものにはならないくらいの早さで駆足参上。
その顔には、動揺の色が濃く表れ・・・
あれだけペコペコしていた担当者も、この時は頭を下げず・・・
言葉を交わす前から、二人の形勢が逆転していることは明白だった。

「契約通り、月内で引っ越しは完了できそうですか?」
「はぃ・・・」
「荷物は、もうだいぶ片付けられてます?」
「はぃ・・・」
「部屋には何も残さないで下さいね」
「はぃ・・・」
「空室になった時点で、玄関以外の部分を査定させてもらいますから、できるだけきれいにお願いします」
「はぃ・・・」
担当者は、鬼の首でもとったかのように強気。
部屋のゴミのことにはあえて触れず、遠回しに女性をチクリ・チクリ。
溜まった鬱憤を皮肉タップリの指示に代え、女性にプレッシャーをかけた。
対する女性は、来た当初から戦意喪失の状態。
外堀を埋められ、防戦一方。
弱々しい返事をするのが精一杯で、早々と戦線を離脱していった。

「スッキリしました?」
「いやぁ・・・まだ言い足りないくらいですよ」
「でも、もう充分じゃないですか?」
「んー・・・」
「あの人(女性)も、あんな風(消沈)になってましたし・・・」
「・・・ですかね」
「まだ事が片づいた訳じゃありませんから、今のうちからあまりモメない方がいいと思いますよ」
「・・・」
担当者、興奮冷めやらぬ様子。
高揚した闘志を鎮めるには、しばらくの時間を要しそうだった。

人の心は、時に頑なで、時に変わりやすい。
境遇が変われば立場も変わる。
立場が変われば気持ちも変わる。
気持ちが変われば態度も変わる。
しかし、形勢の逆転は、対人関係だけでなく、自分の中でも起こる。

日常を照らす大きな善意と、性根に暗躍する小さな悪意が逆転する。
日常を支配する見える理性と、性根でくずぶる見えない邪心が逆転する。
日常に通じる深い道徳と、性根が好む浅い不道徳が逆転する。
自分の中の善と悪が戦い、心の表裏・明暗・陰陽が逆転することがある。

私もそう・・・
私は、〝女性vs担当者〟のバトルを客席で観戦。
責任がないことをいいことに、第三者を装って高みの見物。
「やっぱ、女性の態度はムカつくよなぁ」
「しかし、担当者も大人気ないよなぁ」
なんて、理性を弁えた評論家を気取って。
しかし、その裏には、「もっとやれ!」と、バトルが激化することを期待する自分もいた・・・
自分が揉め事に巻き込まれるのを嫌いながら、他人の揉め事に刺激(曲がった快感)を求める自分がいた。

そんな生き方が、自分自身を疲れさせていると分かっていても、心の逆転を止められない・・・
心とは、それだけ弱く・際どいところにあるものなのだ。

ただ、願わくば、最期は勝利の逆転で締めたいところ。
そのために、苦戦しても戦意を喪失しても、戦線を離脱することだけはしないでいるのである。

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