Home特殊清掃「戦う男たち」2009年分Fight ~父の苦悩~

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

Fight ~父の苦悩~

依頼者は、中年の男性。
固い表情に、男性の緊張が伺えたが、私に対する物腰は柔らかく、印象は良好。
私も、第一印象を意識して、似合いもしない柔和な顔をつくった。

現場は、一般的な1Rアパート。
簡単な挨拶を交わして後、我々は現場に入室。
靴を脱いだ男性に習って、土禁に不慣れな私も靴を脱いだ。

室内は、嗅ぎ慣れた異臭が充満。
ただ、その濃度は極めて低く、素人が嗅いだら、生ゴミや排水等の生活悪臭と勘違いするであろうレベル。
鼻を塞がない男性に合わせて、私も、マスクを首にブラ下げたままにしておいた。

部屋にある家財生活用品は極少で、一日の生活に必要な最低限の物のみ。
また、生活汚れもほとんどなく、きれいそのもの。
本件がなければ、内装工事もクリーニングも要らず、そのまま次に貸せるくらいの状態だった。

汚染は、クローゼットの前の床。
ウジやハエの姿はなく、汚れの具合も軽度。
特掃の難易度は極めて低く、そのままチョチョイと掃除できそうなレベルだった。

しかし、私の目は、汚染面積の小ささと、クローゼットの扉が片方だけわずかに傾いていることを見逃さず。
その状況から、私は故人の死因を特定。
ただ、それを口にするかどうかまでは判断がつかず、何も気づいていないかのように黙々と現場調査を進めた。

「自殺なんですよ・・・」
床にしゃがみ込み、マジマジと汚染を観察する私に、男性は前置きなく言葉を発した。
もともと、死因を隠しておくつもりはなかったのだが、話を切り出すタイミングを図りかねていたようで、申し訳なさそうに打ち明けてきた。

「〝自分で掃除すべき〟とも思ったんですけど・・・」
床の汚れは、精神的なことを除けば、素人でも掃除できるレベル。
しかし、不動産会社に対する説得性を高めるため、また大家に誠意をみせるため、業者の手に委ねることにしたようだった。

「私の息子でね・・・」
訊かずして、男性は故人を明かした。
そして、言われる前からその可能性にに気づいていた私は、無表情と無言をもって男性に応えた。

「なんで、こんなことに・・・」
汚れた床を見つめて、男性は力なくそう呟いた。
そして、薄っすらと涙を浮かべる目が、後悔と悲哀に苛まれる胸の内を静かに映し出していた。

故人は20代の男性で、男性の息子。
大学を卒業し一般企業に就職した故人は、社会人一年目にして精神病に罹患。
学生時代は、明るく前向きな性格だったのに、就職した途端に表情が暗くなり、口から出る言葉もネガティブなことばかりに。
そんな故人を、家族は、時に叱咤・時に激励。
しかし、結局、故人は一年足らずで会社を退職。
そうして、実家での療養生活がスタートした。

「病気療養」と言っても、世間は単なる〝引きこもり〟〝ニート〟と冷視。
社会から隔離されても尚、好奇の目と風評の冷たさは本人を刺し、病状は一層深刻化。
そして、とうとう、通院と薬だけではどうすることもできない状態にまで進行し、入院治療に受けることに。
一進一退の病状に対し、家族は、一喜一憂。
男性の家は戦場と化し、平穏な日常は、戦いの日々となった。

しかし、亡くなる数ヶ月前、故人は、劇的に回復。
わずかながらも、顔には昔の表情が戻り、言動にも明るい話題が混ざるように。
しばらくすると、自分の病気について、客観的なコメントまでするように。
自分の病気を他人事のように批評する息子に、男性は、息子が回復基調にあることを確信した。

そうした中、故人は「自立したい」「一人暮らしをしたい」と言い出すように。
それまでの故人は、社会に怯え自分を否定してばかりで、社会復帰の志向を話すことは皆無。
それが、うって変わっての自立要望。
驚きと共にそれを喜んだ家族は、早速、医師に相談。
そして、医師の肯定的な診断もあり、家族は、社会復帰の第一歩として故人の意思を認め・後押しすることにした。

男性は、故人(息子)が自殺をする危険性を、意識していないではなかった。
ただ、数年に渡る闘病生活で、その辺の感覚が麻痺。
と当時に、その心配よりも、息子が元気になる期待感の方が大きくて、悪い予感は頭の隅に追いやってしまっていた。

部屋は、故人が自分で探してきた。
そこは同県隣市で、実家とは離れた縁もゆかりもない場所。
故人が、自分が暮らすところを、病院からも実家からも離れ、仕事も知人もないこの場所にした理由は、家族にもわからず。
ただ、息子(故人)がやることに口を出すことが、息子のやる気に水を差すことになるのを恐れて黙って認めた。
その先に起こることを、知る由もなく・・・

「電話での様子が変だったんで、一度、ここまで来たことがあるんですよ・・・」
亡くなる数日前、胸騒ぎがした男性はアパートを訪れた。
ただ、〝頼まれもしないのに干渉して、せっかくの自立心を損ねてしまったらもともこうもない〟と考え直し、玄関の前まで来て引き返したのだった。

「とにかく、元気になることだけを望んでました・・・」
男性は、父親としての欲目はとっくに捨てていた。
仕事に就けなくても、親のスネをかじり続けても、世間体が悪くてもよかった。
ただ、少しずつ社会に馴染んで、病む前の自分を取り戻してくれれば、それでよかった。

「でも、まさか、自分で死ぬとは思ってなかったんですよ・・・」
男性は、悔やまれて・悔やまれてならない様子。
取り返しのつかない事態・・・息子が死に陥ることがわかっていれば、男性は、躊躇うことなく干渉したはず。
しかし、そこまで考えが及ばなかった自分を苦々しく思っているようだった。

「息子がしでかしたことの責任は、親である私が負うしかありません・・・」
男性は、故人を発見した時から、腹を決めていた様子。
そして、逃げ出したくなる気持ちを振り払うかのように、私に直ぐの作業を依頼。
〝部屋が原状を回復しないと、自分の精神と生活も回復できない〟と考えていることが、痛いくらいに伝わってきた。

〝人生は戦場〟〝生きることは戦い〟
人生には、そんな側面がある。

生きている限りは、何時、苦難・艱難・災難に襲われるかわからない。
また、大なり小なり、問題・課題が自分からなくなることはない。
だから、常に、それらと戦っていなければならない。

人と戦い・自分と戦い
社会と戦い・生活と戦い
目に見えるものと戦い・目に見えないものと戦い
結局のところ、その基は、自分との戦い・・・自分が生きるために戦うこと。

真の敵は、己を蝕む、邪悪な性質と悪欲・貧欲。
・・・疲れを知らない強者。見るからに怖そう。
究極の味方は、己を健てる善良な性質と良心・理性。
・・・疲れやすい軟弱者。見るからに頼りない。
どう見ても、形勢は不利。
苦戦を強いられることが間違いない持久戦。
しかし、生きる戦いに休停戦はない。ありえない。

小さな勝敗は、その時々にある。
その勝因と敗因は?・・・何がその勝敗を決するのか・・・
どうすれば勝てるのか
、どうしたら負けずに済むのか・・・
悩みながら生きていくことで、そのヒントが与えられ、
苦しみながら生きていくことで、その策が練られ、
戦いながら生きていくことで、その力が養われる。
そして、苦戦しても・敗北をきしても、最期まで降伏しないことが人生に大勝=幸福を呼び寄せるのである。

「(人は)生きなきゃいけないんですよね・・・」
(〝死ぬまで戦え!〟〝死ぬまで生きろ!〟)
男性は、故人に伝えきれなかった想いを呟いて声を詰まらせた。
そして、その目から滲み出る新たな戦いの決意に、また一つ、戦う=生きる勇気をもらった私だった。

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